イタリアの産業革命の始まりはいつ?

イタリアの産業革命の始まりは、19世紀後半(1860年代〜1870年代)とされています。

 

イギリスやフランス、ドイツと比べるとかなり遅れて工業化が進んだのがイタリアの特徴です。その理由として、政治的な統一の遅れ地理的・経済的な課題が挙げられます。イタリアは1870年にようやく統一を果たしたばかりで、統一国家としての基盤を整えることに時間を要しました。そのため、産業革命の波が本格的に押し寄せたのは、19世紀末から20世紀初頭にかけてだったのです。

 

では、イタリアの産業革命はどのように始まり、どのように展開していったのでしょうか? 「前提となる条件」「産業革命の開始」「工業化の加速」という3つのフェーズに分けて詳しく解説していきます。

 

 

産業革命の前提となる条件(19世紀前半〜1860年代)

イタリアは、産業革命を迎える前に経済的・政治的な課題を抱えていました。

 

分裂状態と統一運動

19世紀半ばまでのイタリアは、複数の小国に分裂しており、経済的にも一体性がありませんでした。たとえば、北部はオーストリア帝国の影響を強く受け、比較的発展していましたが、中部にはローマ教皇領があり、南部はナポリ王国などの封建的な体制が続いていました。この状態では、統一的な経済政策を進めるのが難しく、工業化の動きも限定的だったのです。

 

農業中心の経済

産業革命が始まる前のイタリア経済は、ほぼ農業中心でした。特に南部では大規模な農地が広がり、地主が支配する封建的な農業経済が続いていました。このため、労働力のほとんどは農業に従事し、工業化に必要な労働者や資本の蓄積が進んでいなかったのです。

 

産業革命の開始(1860年代〜1890年代)

19世紀後半になると、ようやくイタリアにも産業革命の波が訪れます。その大きな要因となったのがイタリア統一(1861年〜1870年)でした。

 

統一による経済政策の整備

サルデーニャ王国を中心に進められたイタリア統一運動が成功し、1861年にイタリア王国が成立しました。統一されたことで国内市場が広がり、経済政策を国家レベルで進められるようになったのです。特に、政府は鉄道整備に力を入れ、工業化の基盤作りを進めました。

 

鉄道とインフラ整備

産業革命のカギを握ったのが鉄道の建設です。1860年代以降、政府はミラノ・トリノ・ジェノヴァといった北部の都市を結ぶ鉄道網の整備を進めました。鉄道の発展によって、物資の輸送が容易になり、北部を中心とした工業化が加速していきました。

 

工業化の加速(1890年代〜20世紀初頭)

19世紀末になると、イタリアでも本格的な産業革命が進み、工業化が目に見える形で発展していきました。

 

北部と南部の経済格差

工業化が進んだのは主に北部でした。ミラノ・トリノ・ジェノヴァを中心に鉄鋼・機械・繊維産業が発展し、「北部三角地帯」と呼ばれる工業地域が形成されました。一方、南部は依然として農業中心の経済が続き、近代化が大きく遅れました。この南北格差は、20世紀以降もイタリア経済の課題として残ることになります。

 

電力産業の発展

20世紀初頭、イタリアは水力発電を活用し、電力を産業に導入しました。特に北部アルプス地帯では豊富な水資源を利用した発電が進み、電力を使った機械工業が発展しました。この点は、石炭資源が豊富だったイギリスやドイツとは異なる、イタリアの独自の工業化の特徴です。

 

まとめ

イタリアの産業革命の始まりは、19世紀後半(1860年代〜1870年代)とされています。イギリスやドイツと比べて遅れた理由は、長らく国家が分裂していたことと、農業中心の経済が続いていたことにあります。

 

しかし、イタリア統一後に鉄道やインフラの整備が進められ、19世紀末には北部を中心に本格的な工業化が始まりました。特に水力発電を活用した電力産業が発展し、20世紀にかけて工業国としての地位を確立していきました。

 

こうしてみると、イタリアの産業革命は、他の欧米諸国より遅れてスタートしたものの、独自の発展を遂げていったことがわかりますね。