
イギリス大悪臭期(ロンドン・テムズ川の水質汚染)を描いた風刺画(1858)
出典: John Leech / Wikimedia Commons Public domainより
産業革命といえば「工場」「機械」「蒸気機関」っていうイメージが強いですが、実はそれと同時に深刻化したのが公害問題なんです。便利で豊かな生活の裏側には、空気や水の汚染、そしてそれによる健康被害がつきまとっていました。その代表例として有名なのが、19世紀のロンドン・テムズ川で起こった「大悪臭」です。
当時の人たちにとって、この問題は生活そのものを脅かすほど重大なものでした。では、産業革命後にどんな公害が広がり、人々の暮らしや健康にどんな影響を与えたのかを見ていきましょう。
|
|
コールブルックデール(イングランド)製鉄所の夜景
産業革命で石炭を大量に用いた鉄鋼業の拠点となり、煙害や河川汚染など深刻な公害問題につながった。
出典: Photo by Philip James de Loutherbourg / Wikimedia Commons Public domainより
まずは空気の汚れについて。産業革命期に急激に増えた工場や家庭の煙突から吐き出された黒い煙は、人々の健康や都市環境を直撃しました。
当時のイギリスでは石炭がエネルギーの主役でした。工場のボイラー、家庭の暖炉、蒸気機関車まで、とにかく石炭が欠かせなかったんです。でも燃やせば大量の煤(すす)や硫黄酸化物が空へ。結果、都市は常にスモッグに覆われ、太陽すらかすんで見えるほどでした。
19世紀のロンドンは「煙の都」と呼ばれるほど。肺の病気やぜんそくが多発し、人々の寿命を縮める原因になりました。大気汚染は産業革命が生んだ“負の遺産”だったんです。
あまりの健康被害に、イギリスでは徐々に規制が動き始めます。19世紀半ばには煙突の高さを義務づける法律が登場し、20世紀に入るとようやく本格的な「クリーンエア」政策が整っていきました。
ロンドン・テムズ川の水質汚染を描いた風刺画(1858)
産業革命期の都市化と工場集中で下水や排煙が増え、公害が深刻化した状況を象徴する一枚
出典: John Leech / Wikimedia Commons Public domainより
次に深刻だったのが川の汚染、とくにテムズ川の「大悪臭期」が有名です。これはまさに都市の急成長と産業発展が生んだ環境悲劇でした。
工場からの化学薬品や染料、家庭からの汚物やごみがそのまま川に流されていました。当時は下水処理施設がなく、テムズ川が“巨大な下水道”のような状態になっていたんです。
特に暑い夏には川の水が腐敗し、街中に悪臭が充満。議会の建物にまで臭いが入り込み、議員たちが会議どころじゃなくなるほどでした。「大悪臭期」は産業革命後の環境危機を象徴する出来事だったんです。
汚染された水を飲んだことで、コレラや赤痢などの感染症が大流行。とくにロンドンでは数万人単位の死者が出るなど、市民の生活に壊滅的な影響を与えました。
最後に、公害による健康被害が新しい技術や制度を生むきっかけにもなった点に触れてみましょう。
大悪臭期を受けて、ジョセフ・バザルジェット(1819 - 1891)が中心となり、ロンドンに近代的な下水道網が整備されました。これによって水質は改善され、コレラの流行も収束へと向かいます。
工業都市の汚染と感染症の蔓延は、「健康は社会で守るものだ」という意識を広げました。結果として公衆衛生学や衛生政策が発展し、現代の都市環境の基盤となったんです。
産業革命の公害被害は、人類に「経済成長と環境保護のバランス」を考えさせる出発点となりました。苦しみを乗り越えた先に、持続可能な社会のヒントが生まれたともいえるんです。
産業革命後の公害問題は、ただの「臭い川」や「煙たい空」では終わりませんでした。人々の健康を奪い、都市の成長を揺るがす大きな危機だったんです。しかしその経験があったからこそ、近代的な下水道や公衆衛生の仕組みが生まれました。産業革命の光と影を知ることは、現代の環境問題を考えるヒントにもなるのです。
|
|